15豊臣秀吉|天下統一をはたした戦国大名|小学生へ歴史解説

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見出しアイコン51解説!天下統一をはたす

 

1582年、「本能寺ほんのうじへん」で織田信長おだのぶなが明智光秀あけちみつひでにたおされると、信長の家来けらいであった豊臣秀吉とよとみひでよしはすぐに明智光秀をやぶりました。

 

このページでは、信長がはたせなかった「天下統一」を成しとげた戦国大名、豊臣秀吉について取り上げています。



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このページの歴史年表

秀吉
年代
主なことがら
31歳
1566美濃の斎藤氏と戦
38歳
1573長浜城主(羽柴の姓)
47歳
1582明智光秀を討つ
47歳
1582太閤検地はじめる
48歳
1583大阪城建設
50歳
1585大阪城完成
51歳
1586太政大臣(豊臣の姓)
52歳
1587バテレン追放令
53歳
1588刀狩はじめる
55歳
1590天下統一
57歳
1592文禄の役
62歳
1597慶長の役
63歳
1598亡くなる
登場人物やキーワード
キリスト教  兵農分離  朝鮮出兵
桃山文化  千利休

 

 

「尾張の農民の子」だった豊臣秀吉

秀吉は織田信長と同じ尾張おわり出身しゅっしんです。農民の子として生まれ、家はまずしく小さな頃からお寺に小僧こぞうとして出されます。その後は各地を転々てんてんとし、秀吉が23歳の時に織田信長につかえはじめます。

 

 

 

秀吉38歳「長浜城主となり羽柴秀吉となる」

1566年に織田信長の軍と、美濃みの(岐阜県)の斎藤氏さいとうしとの戦で、織田軍の指揮しきを秀吉がりました。この戦いの成果を認められた秀吉は、その後も織田軍のために戦い、手がら・・・を上げていきます。

 

>1573年には長浜城ながはまじょう(滋賀県)をあたえられ城主じょうしゅとなり、名を羽柴はしば秀吉とあらためました。

>「豊臣とよとみ」というせいは、1586年(秀吉51歳)に太政大臣だいじょうだいじんになって朝廷ちょうていから与えられた名です。

 

 

 

秀吉47歳「1582年、太閤検地をはじめる」

秀吉は農民(百姓)からの年貢ねんぐを正確におさめさせました。検知けんちとよばれ、農地の面積めんせきや米の収穫高しゅうかくだかを正確にはからせて年貢をわりあてました。1582年にはじまったこの検知を、太閤たいこう検地といいます。

 

 

 

秀吉48歳「1583年 大阪城の建設はじまる」

秀吉は1583年に大阪城おおさかじょうの建設をはじめ1585年に完成させます。

大阪城を天下統一の本拠地ほんきょちとし、中国地方の毛利もうり、四国地方の長宗我部ちょうそかべ、九州地方の島津しまづなど、有力な大名をやぶっていきました。

 

 

 

秀吉52歳「1587年 バテレン追放令」

秀吉は島津氏をやぶり九州地方を支配した1587年に、キリスト教の宣教師せんきょうしを日本から追放ついほうする命令を出します。これをバテレン追放れいといいます。

 

 

 

秀吉53歳「1588年 刀狩を行って一揆をおさえる」

1588年、秀吉は刀狩令かたながりれいを出します。

 

>刀狩とは百姓がもっている刀などの武器ぶきを取り上げる事で、百姓の一揆いっきの力を弱めることが目的でした。

>刀狩によって武器を取り上げられた百姓と、武器をもつ武士との区別がはっきりしてきました。これを兵農分離へいのうぶんりといいます。

 

 

 

秀吉55歳「1590年 ついに天下統一」

1590年、最後まで豊臣側に反対していた小田原おだわら(神奈川県)の北条氏ほうじょうしを大群で取り囲み北条氏をほろぼします。秀吉はついに「天下統一」をはたしました



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1592年、1597年、「朝鮮出兵」

さらに秀吉は、みん(中国)を征服せいふくすることを計画します。

 

明を征服するために協力してほしいと朝鮮に頼みましたが相手にされませんでした。そこで秀吉は1592年と1597年の2度にわたり朝鮮に兵をおくりました。

 

豊臣秀吉の朝鮮出兵イラスト(文禄の役・慶長の役)進行地図

>日本から多くの大名が朝鮮半島へわたり、激しい戦争となりました。1592年を文禄ぶんろくえき、1597年を慶長けいちょうの役といい、あわせて朝鮮出兵ちょうせんしゅっぺいとよばれます。

>朝鮮出兵は、秀吉が1598年に亡くなったのをに終わりました。

 

 

 

桃山文化の発展

織田信長や豊臣秀吉のころの文化を桃山文化ももやまぶんかといいます。茶道さどうを完成させた千利休せんのりきゅう、かぶきおどりを始めた出雲阿国いずものおくになどが、この時代の文化人として有名です。

解説!「15.豊臣秀吉 天下統一をはたす」おしまい

 

 






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