6平安時代の藤原氏|摂政・関白の摂関政治|小学生へ歴史解説

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見出しアイコン51解説!平安時代の摂関政治

 

中大兄皇子なかのおおえのおうじをささえた藤原鎌足ふじわらのかまたり中臣なかとみの鎌足)の子孫は、藤原不比等ふじわらのふひとやその子供たちによって、奈良時代に国の政治の中心人物となりました。

 

しかし794年に平安京をきずいた桓武天皇かんむてんのうは、自分が中心となって政治をおこなったため、藤原氏は奈良時代ほど力を持てずにいました。



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このページの歴史年表

時代
年代
主なことがら



794(都が平安京へ)
858藤原良房が摂政
887藤原基経が関白
894遣唐使が廃止
1016藤原道長が摂政
1017藤原頼通が摂政
1053平等院鳳凰堂
1124中尊寺金色堂
登場人物やキーワード
藤原鎌足(中臣鎌足)  藤原不比等  菅原道真  
摂関政治  
荘園  荘官  寄進  
国風文化  かな文字  寝殿造
浄土信仰  阿弥陀堂  
竹取物語  伊勢物語  古今和歌集
土佐日記  枕草子  源氏物語

 

 

藤原氏の摂関政治(摂政・関白)

9世紀の中ごろ、藤原良房ふじわらのよしふさ摂政せっしょうに、藤原基経ふじわらのもとつね関白かんぱくになりました。

摂政・関白のくらいにつき政治を行うことを摂関政治せっかんせいじとよび、藤原氏はふたたび政治の中心へもどりました。

 

摂政:天皇に代わり政治をする役。天皇家以外で摂政になったのは、藤原良房が最初です。

関白:天皇の補佐役。日本で最初に関白となったのが藤原基経です。

 

 

 

藤原氏のさかえ

藤原氏は、自分のむすめを天皇と結婚させ、天皇と娘の子供(藤原氏のまご)が天皇になると、天皇のおじいちゃん・・・・・・として国の政治に力を持ちました。

 

>藤原氏が強い力をもつと、ほかの貴族きぞくは藤原氏と競争することをあきらめ、地方の国司こくしなどになりたがるものがでました。

>貴族やお寺など力のあるものが所有している荘園しょうえんを、藤原氏に寄進きしん(寄付すること)して、自分は荘園を管理かんりする荘官しょうかんになるものがたくさんいました。

 

藤原氏繁栄の系図(イラスト図)

 

藤原道長・藤原頼通

このように藤原氏はどんどん力をつけ、藤原道長ふじわらのみちなが(966~1027年)やその子、藤原頼通ふじわらのよりみちのころ最もさかえました。

 

>このころ、藤原道長がよんだ歌です。

この世をば わが世とぞ思ふ 望月もちづきの かけたることも なしと思へば

※「満月に欠けたところがないように、私はこの世のすべてを手に入れた」という意味

 

 

 

遣唐使の廃止を意見した菅原道真

894年に遣唐使けんとうしとして指名された菅原道真すがわらのみちざねは、以下を理由に遣唐使を廃止はいしすべきだと言い、朝廷ちょうていはこれを受け入れました。

▲すでに唐からたくさんのことを学んだ。
▲今は唐の力がおとろええている。
派遣はけんには、朝廷にたくさんお金がかかる。

 

遣唐使は廃止され、このころから日本で独自の文化がひろまりました。これを国風文化こくふうぶんかといいます。

 

 

 

国風文化 「かな文字」と文学作品

9世紀ごろかな文字が発明され、今に残る文学作品が書かれました。

 

竹取物語たけとりものがたり
 ・作者:不明
 ・内容:物語

伊勢物語いせものがたり
 ・作者:不明
 ・内容:物語

古今和歌集こきんわかしゅう
 ・作者:紀貫之きのつらゆきなど
 ・内容:勅撰和歌集ちょくせんわかしゅう(天皇などの命令により作られた歌集)

土佐日記とさにっき
 ・作者:紀貫之きのつらゆき
 ・内容:紀貫之が土佐とさからみやこ(京都)へ帰る間の旅を記したもの

枕草子まくらのそうし
 ・作者:清少納言せいしょうなごん
 ・内容:清少納言が宮仕みやづかえしていた時の体験や物語を記したもの

源氏物語げんじものがたり
 ・作者:紫式部むらさきしきぶ
 ・内容:主人公しゅじんこう光源氏ひかるげんじ恋愛れんあいや人生などを中心に記したもの



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寝殿造の住宅

貴族は、美しい庭園ていえんのある住宅でくらしました。主人が住む「寝殿しんでん」という建物が、庭に面して建てられたとから、この住宅を寝殿造しんでんづくりといいます。

 

 

 

浄土信仰のひろまり

平安時代の後半には政治がみだれはじめました。人々の心の乱れをしずめようと浄土教じょうどきょうがひろめられます。また、この世にも極楽浄土をつくろうという思いで阿弥陀堂あみだどうが建てられました。

 

>浄土教を信じ、念仏ねんぶつとなえて阿弥陀仏あみだぶつすくいを求めれば、死んでから極楽浄土ごくらくじょうどへいけるという教えです。

阿弥陀堂の位置図(平等院鳳凰堂・中尊寺金色堂)イラスト

<有名な阿弥陀堂>

平等院鳳凰堂びょうどういんほうおうどう:藤原頼道が宇治うじ(京都)に建てました。

中尊寺金色堂ちゅうそんじこんじきどう奥州おうしゅう藤原氏が平泉(岩手県)に金をたくさん使って建てました。

解説!「06.藤原氏 平安時代の摂関政治」おしまい

 

 






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