解説!交通や経済の発達
江戸時代の中ごろ、江戸は世界で一番人口のおおい都市となり、京都や大阪も世界で上位をほこる大きな都市でした。そんな大都市の人々を支えたのは日本各地でつくられるお米や特産品でした。
このページでは、江戸時代の都市を支えた農業技術や商業、交通の発達について取り上げています。
このページの歴史年表
時代 | 年代 | 主なことがら |
江 戸 時 代 | 1603 | (江戸幕府ができる) |
1639 | (鎖国の完成) | |
1671 | 東まわり航路成功 | |
1672 | 西まわり航路成功 | |
登場人物やキーワード | ||
三都 将軍のおひざ元 天下の台所 蔵元 掛屋 札差 両替商 五街道 新田開発 |
三都のさかえ
江戸時代、江戸・京都・大阪は三都といわれる進んだ都市でした。特に江戸は「将軍のおひざ元」、大阪は「天下の台所」とよばれました。
- 江戸・・・幕府政治の中心地
- 京都・・・都
- 大阪・・・商業の中心地
商人のさかえ
幕府や大名は、百姓がおさめた年貢をお金にかえるため、商人にお米を売るよう依頼しました。商人は預かったお米を販売したり保管することで手数料をもらい、利益を得ることができました。
≪大阪では≫
蔵元・・・大名からお米などを預かり、保管して販売する
掛屋・・・お米などの販売で得たお金を、保管したり届ける
≪江戸では≫
札差・・・大阪の「蔵元」や「掛屋」の仕事を、江戸を中心に行うもの
蔵元と掛屋は同じお店が両方を兼ねていることが多かったようです。また江戸では「金」、大阪では「銀」をお金として使っていたため両替が必要となりました。そこで両替商は手数料をとって両替し、利益を得ることができました。
その他にも様々な商売が発達し、商人の中には裕福になって大名にお金を貸すものもあらわれました。
江戸時代の交通の発達
商業が発展すると同時に、五街道をはじめとして道の整備が進みました。道を整備することで各地から江戸や大阪などの都市に物が運ばれやすくなり、産業の発展を後押ししました。
≪五街道≫ 東海道 中山道 甲州街道 日光街道 奥州街道
街道には関所が設けられ、通る人や運ばれる荷物を幕府の役人が厳しくチェックしました。また、宿場がつくられ、幕府の役人や大名が宿泊する本陣・わき本陣やお茶屋などが集まる町に発展していきました。東海道には53の宿場があり、東海道五十三次といわれました。
海上交通の発達
お米や特産品などを運ぶため、重い荷物をいちどに運べる船の輸送も整備されました。日本各地の港によって荷物を積んだ船が、江戸や大阪の港へ定期的に入ってきました。
西まわり航路は東北地方から日本海側をとおり大阪へ入りました。東まわり航路は太平洋側をとおり江戸へ入りました。この他、江戸と大阪をむすぶ南海路などがあり、日本各地のたくさんの港がむすばれました。
農業の発達
江戸時代に入ると、これまで農地として使用していなかった土地を新たに開墾する新田開発がすすみました。また、農地に水を流すための人工の川(用水路)が整備されるようになり、農地の面積が増えていきました。
解説!「20.江戸時代④ 交通や経済の発達」おしまい
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