20江戸時代|産業の発展と交通の整備|小学生の歴史解説

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見出しアイコン51解説!交通や経済の発達

 

江戸時代の中ごろ、江戸は世界で一番人口のおおい都市としとなり、京都や大阪も世界で上位をほこる大きな都市でした。そんな大都市の人々を支えたのは日本各地でつくられるお米や特産品でした。

このページでは、江戸時代の都市を支えた農業技術や商業、交通の発達について取り上げています。



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このページの歴史年表

時代
年代
主なことがら



1603(江戸幕府ができる)
1639(鎖国の完成)
1671東まわり航路成功
1672西まわり航路成功
登場人物やキーワード
三都  将軍のおひざ元  天下の台所  
蔵元  掛屋  札差  
両替商  五街道  新田開発

 

 

三都のさかえ

江戸時代、江戸・京都・大阪は三都さんとといわれる進んだ都市でした。特に江戸は「将軍しょうぐんのおひざ元」、大阪は「天下の台所」とよばれました。

  • 江戸・・・幕府政治ばくふせいじの中心地
  • 京都・・・都
  • 大阪・・・商業しょうぎょうの中心地

 

江戸時代の地図(江戸・京都・大阪の位置図)

 

 

商人のさかえ

幕府や大名は、百姓ひゃくしょうがおさめた年貢ねんぐをお金にかえるため商人しょうにんにお米を売るよう依頼いらいしました。商人はあずかったお米を販売はんばいしたり保管ほかんすることで手数料てすうりょうをもらい、利益りえきを得ることができました。

 

≪大阪では≫

蔵元くらもと・・・大名からお米などを預かり、保管して販売する
掛屋かけや・・・お米などの販売で得たお金を、保管したりとどける

≪江戸では≫

札差ふださし・・・大阪の「蔵元」や「掛屋」の仕事を、江戸を中心に行うもの

 

蔵元と掛屋は同じお店が両方をねていることが多かったようです。また江戸では「きん」、大阪では「ぎん」をお金として使っていたため両替りょうがえが必要となりました。そこで両替商りょうがえしょうは手数料をとって両替し、利益を得ることができました。

 

その他にも様々な商売が発達し、商人の中には裕福ゆうふくになって大名にお金をすものもあらわれました

 

 

 

江戸時代の交通の発達

商業が発展はってんすると同時に、五街道ごかいどうをはじめとして道の整備せいびが進みました。道を整備することで各地から江戸や大阪などの都市に物が運ばれやすくなり、産業の発展を後押あとおししました。

 

≪五街道≫ 東海道とうかいどう 中山道なかせんどう 甲州街道こうしゅうかいどう 日光街道にっこうかいどう 奥州街道おうしゅうかいどう

 

江戸時代の五街道の図(イラスト地図)

 

街道には関所せきしょもうけられ、通る人や運ばれる荷物を幕府の役人がきびしくチェックしました。また、宿場しゅくばがつくられ、幕府の役人や大名が宿泊しゅくはくする本陣ほんじんわき本陣やお茶屋などが集まる町に発展していきました。東海道には53の宿場があり、東海道五十三次とうかいどうごじゅうさんつぎといわれました。

 

 

 

海上交通の発達

お米や特産品とくさんひんなどを運ぶため、重い荷物をいちどに運べる船の輸送ゆそう整備せいびされました。日本各地の港によって荷物を積んだ船が、江戸や大阪の港へ定期的に入ってきました。

江戸時代の海上交通(東まわり・西まわり航路・南海路の輸送地図)イラスト図

西まわり航路こうろは東北地方から日本海側をとおり大阪へ入りました。東まわり航路は太平洋側をとおり江戸へ入りました。この他、江戸と大阪をむすぶ南海路なんかいろなどがあり、日本各地のたくさんの港がむすばれました。

 

 

 

農業の発達

江戸時代に入ると、これまで農地として使用していなかった土地を新たに開墾かいこんする新田開発しんでんかいはつがすすみました。また、農地に水を流すための人工じんこうの川(用水路ようすいろ)が整備されるようになり、農地の面積が増えていきました。

解説!「20.江戸時代④ 交通や経済の発達」おしまい

 

 






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